善福寺公園 [公園]
善福寺公園の園内にそれとなく置かれた「パブリック・アート」を体験した。
近頃パブリック・スペースにアートを置き、道行く人の視線や興味を惹く「パブリック・アート」なるものを良く見るようになった。芸術の秋ということもあり、西荻から徒歩20分。閑静な住宅地、東京女子大裏手の善福寺公園に初めて行ってきた。園内の木々は紅葉が始まったばかり、枯葉も落ち始めといったところ。善福寺池は、上池・下池の2つの池があるが、上池周辺が会場になっていた。
善福寺池は善福寺川の始まり、つまり源流であり今でも水が湧いている。この周辺を良く見ると、北に石神井公園の石神井池と武蔵関公園の富士見池、南に井の頭公園の井の頭池。井の頭池は神田川の水源地でもある。さらに南に目をやると深大寺湿地、野川そして多摩川へと続く。野川の脇には湧水も多い。
まるで水が湧いている場所が、都心に向かう鉄道や道路に直交する形で環状に配置されている。ここには縄文遺跡も多く出る。
縄文からの「木の神」「石の神」の自然神であり、諏訪神社の神官によって祀られてきた「みしゃくじ神」。石神井と音がダブるところは縄文時代からの生活がそこにあったことを想像させる。潤沢な「水」と豊かな「森」には現代人もそこに居を構えている。
善福寺公園のアートは、「トロールの森実行委員会」によって8年目を迎えた。「トロール」は、北欧の妖精の名前であるが、大学時代、友人がエッダを読み「トロッターズ・クラブ」というサイクリング・クラブを結成したことを思い出す。「トトロ」もこのあたりを語源とするのであろう。
池を取り巻く小道のところどころに15人の内外を問わないアーティストが、自然の空間と風景を使って自らの思いを形にしている。気がつかずに通りすぎることはないが、作品を理解しようとする努力は無駄であることに、すぐに気付く・・・・
「パブリック・アート」とは、一瞬の出会いであると思った次第である・・・。
この池の周りに住宅がない縄文のころを想像すると、武蔵野の森はとてつもなく静かで、悠々とした時間が流れていたに違いない。まさに「妖精」が住む森だったのだろう。
なんとも感慨深い
なぜ、棺桶か理解しよとしてはいけない。。
これは作品ではナイ。。
>これは作品ではナイ。。
うけました。アートってそういうところありますよね。
by 21世紀中年 (2009-11-13 13:04)
一瞬の出会い、、、確かにそう思います。
諸外国に比べ、日本は心の余裕のない国だなと、常々感じておりますが、こういったパブリック・アートみたいなものが増えてくれれば、暮らしの中で、いろいろなものを楽しむことのできるようになっていきそうですね。
そうなってほしいものです。
by cjlewis (2009-11-13 13:54)
トロッターズ・クラブ・・・よくもまぁそんな昔のことを覚えているね(驚)。
「エッダ」は確かに読んだけど、出典ではありません。
私らは、それほど格調高くはなかったです。
「トロッター(trotter)」は「trot(駈ける、馬の早足)」する人の意で、
当時履いていたユッチンソンの「グローブ・トロッター(地球を駆る、か?)」
という名のタイヤや、ルネ・ルスの旅行車の愛称「グローブ・トロッター」から
無断で拝借しました。
ちなみに「クラブ」ではなく「カンパニー」でした。
これはスピルバーグらの「ディレクターズ・カンパニー」から
無断で拝借しました。
・・・当時はキネマ旬報なんて読んでいたのを思い出しました。
by まる む (2009-11-13 16:18)
>21世紀中年さま
「アート」・・・奥が深いのか、私が浅すぎるのか・・・。。
>cjlewisさま
先週まで羽田空港内でも「パブリックアート」が開催されたようです。アートもそうですが、わたし達の中で、『パブリックスペース』という概念から改める必要がありそうですね。。
>まるむさん
そうでしたか、サガやエッダを話したころと同じ時期だったののでしょう。そういえば書棚にあった「サキ短編集」(ブラックユーモア)は、まだ読んでいません。
by esme (2009-11-15 12:40)
ご訪問 & nice & コメント ありがとうございました。
写真が下手で、すいません。
by ビアンカ (2009-11-16 11:59)
こちらにお越しいただきありがとうございました。私ども拙いレポートですがまた お立ち寄りくださいね。
by こぐまね (2009-11-17 18:55)
>ビアンカさま
こちらこそよろしくお願いいたします。
>こぐまねさま
是非立ち寄ります!よろしくお願いいたします。
by esme (2009-11-17 20:59)